『親父の一番長い日』に見る役者の力

一昨日、お台場のフジテレビに足を運び、ドラマの試写会に参加させていただいた。今回拝見したドラマは6月19日(金)21時にフジテレビにて放映される『親父の一番長い日』。

『親父の一番長い日』 　　長澤まさみ（左） と 國村隼（右）

長澤まさみと國村隼の「ダブル主演」作品だが、お二方とも実に好演しておられる。國村隼の名演については言うまでもないところだが、失礼ながら長澤まさみの女優としての底力には心底驚いた。こんなに力のある女優さんだとは（重ねて失礼ながら）これまで知らずにいた。彼女の過去の作品を追って、その成長の軌跡を確認してみたい気にすらなった。

それはさておき。今回のレビュー記事を書くにあたり、私はホトホト困り果てた。 これまで映画やアニメ作品などのレビュー記事を何度も書いて来たが、今回程困り果てたことはなかった。

なぜなら、この作品については、出来れば何の予備知識も持たずに真っ白な状態で観て欲しいと思うからだ。

私の場合、事前に設定やシナリオを知ったからといって楽しめなくなるようなことはなく、例えミステリーの犯人を知っていようと、結末のどんでん返しを知っていようと、そんなことは無関係にドキドキハラハラしながら見ることができるのが常なのだ。

そんな私なのに、今回の作品については事前に資料を読んでしまったために魅力がはっきりと半減してしまったように感じたのだ。

とはいっても、何も書かないわけにもいかないので、私がギリギリ許せると思える範囲でレビューしてみたいと思うが、それでも前もって一つだけ言っておきたい。

私はこのレビューの続きを読んで欲しくない。本当にドラマを楽しみたいなら、ここから先は読まずに、まずドラマを真っ白な頭で観るべきだ。しかる後に、もし、この記事のことを覚えていてくれたなら、続きをお読みいただいて感想なり反論なりをいただければとても嬉しい。

というわけで、ここから先は遠慮なく･･･ではなく、遠慮しまくりながらも、書ける範囲のギリギリレビューを試みることにしよう。

タイトルからお気づきの方もおられるかもしれないが、このドラマはさだまさし氏の同名の歌（以下「原案」と記す）を元に、新たな設定を加えて全く新しい作品に仕上げたものである。

物語の基本的構造は原案を踏襲しており、嫁ぐ愛娘に対する父親の気持ちが兄の視点から語られる。

作品内の時間を視聴者が共有するタイプのドラマではなく、「もう起きてしまった過去の出来事」をアルバムをめくりながら語りかけるタイプの作品である点も原案のままだ。

ただ、原案と大きく異なる点ある。

それは『表現の力点（ウェイト）の置きかた』である。

さだまさし氏の原案は明確な意図のもとに２段階の構造を成している。「仕掛け」と「発動」の２段階である。この「仕掛け」部分に非常に大きな力点を置いていることを一緒にご確認いただきたい。

氏はまず最初に娘の成長過程とそれを見守る父親の姿を丁寧に丁寧に歌いあげることに全力を費やしている。このステップは、歌の中の父と娘を「どこかの知らない父と娘」ではなく、極めて身近な良く良く知った親子にしてしまうための「仕掛け」の部分だ。

仕掛けにかかった聴衆の心の中には、誰の目にも好ましい「微笑ましい父娘の姿」がしっかりと刻み込まれる。暖かく心地よいそのイメージを誰もがそのまま心の中に抱き続けたいと感じるのだ。

ところが、さだまさし氏はそれを許さない。ここからそのイメージがハラリとはかなく破壊されてしまう。入念に施された「仕掛け」がいよいよ「発動」するのだ。といっても、何か不幸な事件が起きるわけではなく、「娘が愛する人のもとに嫁ぐ」という素晴らしい幸福がそこに訪れるだけなのだ。

しかしながら、前半の仕掛けによって入念に構築された「微笑ましい父娘の像」の心地よくも暖かいイメージを「抱かされた」聴衆にとっては、このイメージが破壊されることは耐え難く切ない。

そもそもは「見ず知らずのどこかのご家庭の娘さんが嫁ぐ」なんてことは、全くどうでも良いことのはずなのだ。「ああ、そうなの。そりゃ結構なことじゃないか」という程度の話なのだ。

さだまさし氏のあの独特の切々と語りかけるような歌声で丁寧丁寧に仕掛けが施されているからこそ、その「本来どうでも良いはずの出来事」が我がことのように切なく感じられる。そういうメカニズムになっているのだ。

「娘を見送る父親の気持ち」を表現するためには、いきなり娘が嫁ぐシーンから始めたのでは共感を呼べない。だからこそ、さだまさし氏は「仕掛け」を入念に施さざるを得なかった。そう考えれば、この「仕掛け」の部分はこの主題を伝えるために欠くべからざるものであることが良くわかる。

原案は大ヒットした著名な楽曲であるが、１２分という異例の長さを持つことでも知られている。この１２分という時間のうち「仕掛け」部分に半分以上の時間を費やしているのは偶然でも気まぐれでもない。まず、その背景が聴衆の心の中に叩き込まなければ、主題である後半が全く伝わらないからなのだ。ここで主題部分の時間が通常の楽曲とさして変わらない５分あまりであることも興味深い事実だ。つまり、主題部分だけで済ませることができるのであれば（無理だが）、ごく一般的な長さの作品に収まる作品だったことになる。

やや脇道にそれたきらいはあるが、「娘を見送る父親の気持ち」という主題を伝えるためには「仕掛け」がどうしても必用であり、この仕掛けにかなりの力点をおかなければならない必然性が御理解いただけたのではないかと思う。

入念に入念に仕掛けて、あっさりと発動させて終る。これはそのまま、父親から見た時間の流れをそのまま縮尺した構造でもある。これまでずっと積み重ねて来た娘との長い歴史が、「見知らぬ男」の到来により突然あっさりと終りを迎えるという「あっけなさ」が見事にその構造の力配分の中に表現されているのだ。

ドラマはこの点につき、大きく異なる。

むしろ、「仕掛け」を駆け足で済ませ、縁談が持ち上がって以降の話、つまり「発動」以降に表現の力点の殆どを置いた印象がある。

「見知らぬ男」があらわれた後も「あっけなく」話は終らせず、むしろそこから始まる父親の葛藤の時間を視聴者と共有させようとする。

いってみれば、原案は「見知らぬ男」の到来とともに終るのに対して、ドラマは「見知らぬ男」の到来とともに本編が始まるような印象である。

もちろん、そうは言っても物語の構造上、前半の「仕掛け」はやはり欠かせない。

ドラマでは、映像の強みを活かし、娘の成長過程写真（静止画）と父と娘の心温まるエピソードシーン映像（動画）を兄のナレーションのもとに次々と展開していくことにより「仕掛け」を施す。さらに、この仕掛けを原案であるさだまさし氏の「親父の一番長い日」を挿入歌として流すことにより補強している。

実はこの前半の「仕掛け」部分については、いくつか問題点もあると感じた（最後に述べる）のだが、主役の一人、娘役の長澤まさみの演技がそれをかなりカバーしている。

ドラマ版の核心の部分、「見知らぬ男」到来後の展開については、意見の分かれるところではないかと思う。

私自身は、原案のように、誰もが新郎新婦をただただ祝福するおよそ陰りのない幸せの中にあってこそ、父親のやるせない気持ちが見事なコントラストを成すように思える。しかし、不幸なエピソードという「変化球」を投ずることにより、さらに事態を複雑にして、その中で揺れる父親の気持ちにぐっとカメラを寄せるドラマ側の手法もあっても良いのではないかと思う。

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さて、最後に、私がどうしても気になった部分について述べておきたい。

いろいろ理解できる部分もあるのだが、それでも私にはドラマ版の「仕掛け」部分が随分と不十分であるように感じるのだ（先述の「問題点」も同一の点）。

ドラマ版は「発動」以降に力点を置くあまり、「仕掛け」部分がおろそかになり過ぎて、仕掛けの目的を果たせていないように感じる。

まず、とにかくナレーションに頼り過ぎだ。あまりにも説明的なナレーションで足早に状況を「説明」していくため、「微笑ましい父娘の像」を視聴者のハートに焼き付けるのではなく、「父娘のいきさつ」を視聴者の頭に理解させることになってしまっているように思える。

また、描かれるエピソードがあまりにも「ドラマ的」でそれがどのような伏線なのかあまりにも露骨にありありと見え過ぎるため、「作り物臭さ」が拭えないでいるようにも思える。

そもそも父と娘のこの手の物語は結局は「行き先の決まった電車」なのだ。父と娘、それに婚約者がまともな人間である限りにおいて、終着駅の風景は初めから決まっている。行く先が明らかなのだから、「この先どうなるのだろう」という興味が視聴者をグイグイとひっぱることはまず期待できない。

だからこそ、原案には入念な仕掛けが施されているわけだ。例え行く先の決まった電車であっても、そこに乗っているのが身内同然の近しいものならば関心もわくというものだ。さらに、原案の場合は仕掛けが発動した途端物語は終焉を迎えるのだから、そこから先は視聴者を牽引する力はもう必用ないことになる。

この点、ドラマは仕掛けの発動後もまだまだ視聴者を牽引する必用がある。にも関わらず、仕掛けはあまりにも弱く、終焉まで視聴者を牽引し続ける力を持たない。

実のところ、ドラマが採用したもう一つの軸である「娘の婚約者を大きな不幸を襲う」というオリジナルの設定は、前半の失敗により得られなかった牽引力を補うために存在するのではないかとすら思えてならない。それに、この設定はドラマの主題になんら貢献しておらず、むしろ物語の完全性を損なっているように私には思える。

「父と娘の幸せ」が「娘の結婚という幸せ」によって揺るがされるからこそ味わいがある。誰の目にも「娘さんも立派に成長なさって、素敵な結婚相手も見つかって幸せいっぱいの家族だなぁ、親父さんも幸せだろうなぁ」と映る中で、父親が一人、葛藤を抱える点こそが原案のミソなのだ。不幸の味付けは物語に深みを与えるものではなく、むしろ雑音でしかない。

私のこの見方に対して、「ドラマは原案とは別の作品なのだから、原案とは別の物を表現しているということで良いんじゃない？」という疑問を抱かれる方もおられるだろうと思う。

その問いに対して、私はこう問い返したい。「ではなぜ、挿入歌として原案を使うのか」。それもことさら同じ物語であることを印象づけるように、父と娘の思い出のシーンにかぶせて何度も何度も原案を用いるのか。こうも問いたい、「なぜ、原案と同じタイトルにしたのか」。単に触発されて作った別作品であるのならば、別のタイトルにするべきではないのか。

私はこのドラマは根底のところで失敗していると思う。そして、その失敗はそもそも原案を挿入歌として採用したところから始まっているのではないだろうかと考えている。これ以降は私の憶測だ。

原案をモチーフに作品を作るぐらいだから、制作者はおそらくさだまさし氏のファンなのだろう。少なくともさだまさし氏の作品が好きなのだろう。きっと、原案『親父の一番長い日』には思い入れもあるに違いない。思い入れがあるから、この曲が流れるだけで条件反射的に感動してしまう。だから、ドラマ前半の仕掛け部分が客観的には不十分（私にはそう思えた）なものであっても、原案が挿入歌として流れることで、原案の父と娘の情景が眼前に再現されて、あたかも自らのドラマがその情景をつくりえているように錯覚したのではないか。

しかし、原案に思い入れのない者（あるいは聴いたことすらない者）の眼前には父と娘の情景は描かれず、父と娘についての渇いた説明文がそこにあるだけなのだ。

制作者は原案への思い入れのあまり、そのことに気付くことは出来なかった（あるいは、気付いてはいたものの、外的な要因から挿入歌を外すことが出来なかった）ものの、後半の物語に視聴者を牽引する力がないことは肌で感じた。だからこそ余計な「不幸」の味付けをするハメになり、この味付けが物語の完全性をさらに損なう結果になってしまった。

私にはこの作品が原案と同じものを表現しえているとは思えない。同時に、敢えて別のものを表現しようと試みたとも思えない。

原案に焦がれ原案に近寄り過ぎたために原案を見失い、細部のみなぞっているうちに、気がつけば全然違うところに行き着いてしまった。こりゃイカンと大きく舵を切って見たものの、さらに見当違いの方向を向いてしまった。 ･･･そんなところではないのだろうか。

ただ、それでもこの作品、なんだかそれなりに楽しめてしまう。それは多分２つの力によるものだ。

１つ目はやはり原案の力。２つ目は役者の力だ。

ドラマのシナリオ上は表現し損なっている原案の主題であるが、役者はこれをしっかりと受け止めていたのではないかと思う。とりわけ、主演の長澤まさみと國村隼の演技は見事だ。

感じ方は人それぞれだと思う。でも私には構造上破綻してしまった物語を役者の力量でなんとか救っている、そんな作品に思えた。

まだドラマを観ていないにもかかわらず、ここまで読みすすめられた方も、ここで読むのをやめることをおすすめします。

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